常夏2日目の2月18日。


HWYを走っていても全く常夏にいるような気がしない、ということは昨日の日記でも書いたけど、きっとそれは、まだ観光客で有名なあそこに行ってないからだということで、早速現地調査に出発。

一体自分達が島のどこにいるのか、そして、有名な観光地はどっち方面のどこにあるのか、全く地理を把握していない私。

運転手のB吉は、何度もこの島に来たことがあるのに、スポットスポットでしか覚えていないので、レンタカーについてるナビゲーションを活用して行くことにしたはいいが、このナビゲーション、日本のそれとはちと違うようで、今いち使い方が分からない。私の愛車MPVについていたのは操作も簡単だったのに。。。。

結局、使い方の分からないナビゲーションは諦め、マップを見ながらのアナログ夫婦。しかも、車酔いしやすい私は、助手席で5分もマップを見ていられない。使えない奴なのであった。

20分ぐらいで観光スポットの海岸通りに到着~。COACHにシャネル・ルイビトン・ティファニー等のブランド店が立ち並び、高級ホテルがそびえ立つ。たくさんの土産店やレストラン。込み合うストリート。

車の窓からおのぼりさん丸出しで「うぉーーっ!!すごいなぁーっ!!」と口をポカンと開けて見入ってしまった。

そうよ。そうなのよ。あれでこそ常夏よ。あそここそがトロピカルなのよ!

でも、どことなくSanta Barbaraに雰囲気が似てないでもないけど。。。

車で何週かグルグル回り、そのまま通過~。

以上、現地調査終わり~。。。

だって、パーキングもどこにあるか分からないし、結局諦めてまたHWY Westに戻ったのだった。

そのあとは、ついに、長女念願の携帯電話購入。

それにあたり、何社もの携帯電話会社を行ったり来たりして、Payment Planやら電話本体料金やら何やらを聞きまくり、B吉と厳選なる審査の結果、A社に決定。

アメリカって相変わらず日本の携帯事情より遅れてる。Paymentプランも日本のそれとは違うし、なんで電話やメールを受け取るだけで、自分達のMinutesを取られるんだ???メールと言っても、auとかのようにcメールは100字以内、e-mailは1000字以内ではなく、メール=160字。しかもAdditionalでつけないとダメだし。。。ファミリープラン3ラインで申し込んだので、まぁまぁかな、という感じ。

なにしろ、ここに到着したのが土曜日で、今週は3Days Weekendだから、ハウジングにチェックインするのも火曜日までお預け。

日本から注文してあった車をピックアップできるのも火曜日までお預け。

何もかも、Officeは火曜まで休みだから、この週末は単に観光?と買い物?

ただ単に、無駄に金を遣うだけ・・・ ダメじゃん!!!

それにしても、ここのCommissaryでも買い物したけど、久しぶりに見た1Gallonのミルクが$4.99って何!!!

久しぶりに入ったDrug Storeでも、Doveのシャンプーが$6.89ってどーゆーこと!?

高いのよ。何もかもが高いのよ!!!

でもでも、ここのNEXに入ってるCOACH、私達がついこの前までいたとこのものよりもでかい。

そして、もちろん品数もたくさん♪

さっそく品定めして、鏡を見ながら「これ、きゃわうぃうぃ~♪」とはしゃぐ私。

いかんいかん!!もう以前のように、欲しいものを欲望のままに購入することはできんのだ!!

今までの甘い暮らしを悔い改め、GoodWillに通う勢いでいなければ!

日曜ごとにSunday Paperを買い、クーポンをチョキチョキしなければいかんのだ!

セールの日は、前もってSales Paperを熟読し、欲しいものに狙いを定め、ストアがオープンする1時間ぐらい前からドアの前に立ち、開店と共に狙っているものに一直線にダッシュするぐらいの心構えでいなければ!!!


はぁ・・・ 大丈夫だろうか・・・

そんな暮らし、3年もやっていけるだろうか・・・?

新しい携帯電話を手に、途方にくれる2日目であった。。。


とうとう来ました、トロピカルアイランド!!

現在の時間は2月17日夜10時半近く。

最後の日記から怒涛の6日間。今振り返ると、あの6日間って1日24時間なかったんじゃないか、という気になる。

たぶんわたし的には、1日6時間ぐらいの感覚。

本当に「あっ!!!!」という間に過ぎてしまった。

金曜、最後の仕事の日。職場の皆がお別れにと、とても温かい贈り物をくれた。まさか皆がああいう風にしてくれるなんて思ってなかったし、逆に普通に「じゃ、お疲れ~!」と普段と変わりなく終わりにしたかったんだけど、ああいう風に改まってされると、やっぱり涙・涙になってしまう。

私よりも、Peaceの方が号泣で「誰が辞めるんだ?お前か?」とからかわれていた程。

それを見て、私もPeaceが愛おしいやら悲しいやらで、号泣。

仕事が終わった後、職場の外の、いつもPeaceとしゃべくるスポットで、名残惜しくて中々お別れができず、でも最後はとうとうハグして、声を出して泣いてしまった。

その日の夜は、何かにつけPeaceとの思い出がCome Backしてきて、寝るまでポロポロと涙が溢れてきた。

土曜、出発の日。泊まっていたホテルに姉と姉の子供達が来た。普通にランチを食べ、普通に話をしていたんだけど、お迎えのバンが到着して、もう乗り込むという時に、姉と抱き合って号泣。姉と私は本当に昔から仲が良かったから、バンに乗り込んでベースを出た後も、遠くなる景色を眺めながら、色々なことが蘇ってきて、バンの運転手もビックリの号泣そして嗚咽が止まらなかった。

そして、成田の空港では、母と合流。母とも、普通に食事したり、成田の中のショップを見たりしていたんだけど、ゲートで最後のお別れの時になって、やっぱりお互いに抱きしめ合い、成田の空港で、通りがかりの人もギョッとする程の号泣をかました。

ここでは、長女もジャイ子も、そしてB吉も母とハグをして大泣きだった。ジャイ子にいたっては、私に負けず劣らずの号泣ぶり。

母が見えなくなるまで手を振りながら、出国手続きゲートを歩く私は、歩きながら嗚咽をかましていた。

本当に2日間にかけて、号泣しっぱなしで、この6年半を振り返り、後悔することもたくさんだし、楽しかったことをくり返し思い出しては涙が止まらなかった。


そして、私達の乗り込んだ飛行機が、私の生まれ育った国を飛び立った。

常夏までの飛行時間はたかが6時間半とたかをくくっていたが、私が今まで30数年間生きてきた中で、至上最悪のフライトだった。

6時間半のフライトの中で、4時間ぐらいは、ジェットコースターのように揺れまくり、というか、誰かが外から私達の乗った飛行機を両手で持って、シャカシャカシェイクしているようというか、とにかく尋常じゃない揺れに、吐く人続出で、恐らく皆あまりの恐怖だったのか、シーンとなる機内。私も吐く寸前で、「死」を意識した4時間だった。

フライトアテンダントも、機長からの支持で「決して席を立つな」と言われ、席の前にある小さいテーブルに置いてある飲み物もこぼれるぐらい。とにかく、本当に記録に残る最悪のフライトだった。

ジャイ子も吐く寸前。私もこの4時間は、ずっとずっと神に祈っていた。もうダメだと思った。マジで恐怖で足が震えていた。


そんなフライトだったが無事に常夏に到着。神に感謝。

朝の7時過ぎの到着だった。何の問題もなく入国ゲートを通り、7個もあるスーツケースも無事に引き取り、空港を出ると、ワイドショーで散々見たことのある景色。

あぁ、皆ここでマイクを持ちながら、芸能人を待ってるのねぇ、と関心していると、発見!!!!

さっそく、芸能人を発見!!!

それは、ショーツを履き、アロハシャツを着、サングラスをかけている、まぎれもない「内田裕也」なのだった。

あの落ち武者のような金髪ロングヘアー。そして、何故かレイを持ち、もう片方の手には、杖。

常夏に到着して早々、目が釘付けになる私なのだった。

彼は誰かを待っている。だって、レイを持って、ずっと到着ゲートを見ているのだから。

誰?誰を待ってるの?

恐らく、そんな目立つ彼にも関わらず、おとな~しくレイを片手にな30分は待っていたのではないだろうか?

すると!!!普通のジーンズにTシャツの30代ぐらい?の女性がスーツケースを押しながら小走りに彼に向かってきた。

彼も「ほっ」とした表情になり(っつうか、サングラスで表情分からないけど)その女性にレイをかけ、2人でWalked Away。

一体誰だったのだろう・・・?


そうこうしているうちに、私達にもお迎えのバンが到着し、空港を離れる。

常夏初上陸の感想は・・・・

「ぬるい!」

思っていたよりも暑くはないが、なんか風も生暖かく、しかも強風。

9時前には私達がしばらく滞在予定のホテルに到着するも、チェックインは午後3時。

しかたがないので、タクシーでNEXに行ったり、そこからレンタカーに行ったりして、正午近くにはやっとレンタカーをゲット。

ランチを食べたりして、またホテルに戻るとまだ1時前。結局全員でロビーで爆睡をかまし、3時近くにようやくチェックインできた。

部屋に入って、私と子供達はそのままベッドでバタンキュー。

夕方6時過ぎに目覚め、まだ寝ている子供達に置手紙を残して、B吉と食料などの買い物へ。

8時過ぎに部屋に戻ると、まだ寝ているジャイ子に、シャワーを浴びている長女。

夜なのに、完全に時差ぼけの私達。今は夜の10時半を過ぎてるが、まだまだギンギンに目が覚めている子供達。

ハイウェイを走っていても、今いち常夏という気がしない。

そこら中にあるパームツリーを見ても、カリフォルニアだってそんな感じだし、まだパッとこない。

まぁ、まだ観光客で賑わう有名な場所にも行ってないからだろう。

そんなこんなで、常夏初日の報告は以上。。。



日本でお世話になった皆さん。今もまだ、あなた達と離れている、という実感がないのだけれど、でも、それでもやっぱり、しばらくは会えないのかぁと思うと心から悲しいです。皆が私を支えてくれて、元気をくれて、応援してくれて、信じてくれて、本当に感謝してます。あなた達がいてくれてからこそ、私のこの3年半が楽しいものになり、思い出いっぱいになったのだから。

いつでもあなた達のことを思っています。考えて懐かしんでいます。今はまだ感傷にひたって、涙腺も弱く、沈みモードだけれど、またそのうち元気になって、ここ常夏での生活を楽しむでしょう(?)。その暮らしぶりを、あなた達に報告すべく、このブログも頑張ります!!!!

もうすぐ日本で過ごす最後の週末が終わろうとしている。

そして、常夏出発まで残すところ6日となってしまった。

2000年の夏にアメリカから日本に戻って来て以来6年半が過ぎた。

最初の3年は九州の端っこでの生活で、残り3年半がここ地元での暮らしだった。

振り返ってみると本当に色々なことがあった6年半。

たくさん笑い、たくさん涙を流した。

たくさんの出会いと別れもあった。

また小学生だった長女は高校生のTeenとなり、おしゃぶりをしていた次女は小学生となった。

そんな日本での暮らしがもうすぐ終わりを告げようとしている。

ここまでくると、行きたくないなぁという気持ちと、早く行ってしまいたいという気持ちが複雑に交差している。

木曜日には、残りの荷物をパックアウトし、新しい勤務先に送ってしまうし、今住んでいる家ももう出て、出発まで2日間はホテル暮らしとなってしまう。

この家で寝るのもあと4日。

家の中のものをパックアウトするものと、スーツケースで持って行くものと分別しておかないといけないし、その他捨てるものも出しておかないといけない。

けれど私は毎日出かけてばかり・・・

狂ったように出歩いている。。。

あぁ、面倒くさい。荷物の整理って本当に心の負担になる。。

だから現実逃避に励む私・・・


とにかくあと6日。6日で私は機上の人となる。

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